大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和22年(ナ)55号 判決

濱松市元城町百二十六番地

原告

小石幸一

被告

靜岡縣選挙管理委員会

右委員長

大角愛治

右訴訟代理人弁護士

河野富一

右当事者間の昭和二十二年(ナ)第五五号市長選挙当選確認請求事件につき当裁判所は左の通り判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「原裁決を取消す。昭和二十二年四月十五日施行せられた濱松市長選挙は有効に確定した。訴訟費用は被告の負担とする。」との旨の判決を求め、その請求の原因として、昭和二十二年四月十五日施行せられた濱松市長決選投票に関し、選挙人加藤忠七郞は濱松市選挙管理委員会に対し異議の申立をなし、同委員会はこれに対し同年五月五日選挙の結果に異動を及ぼす虞のない場合であるから該選挙は有効であるとして右異議申立相立たずとの決定をなし、即日該決定書は右異議申立人に送逹せられ一般に告示せられた。右決定に対しては法定の期間中に何人からも適法な訴願なく確定した。然るに右加藤忠七郞は右決定に対し訴願期間を経過した同年七月八日被告に対し原決定機関なる濱松市選挙管理委員会を経由して訴願書を提出したが、その経緯を調査するに右加藤忠七郞は弁護士田中豊惠を代理人として同年五月二十一日訴願法に違背し濱松市選挙管理委員会を経由することなく直接訴願機関である被告に訴願書を差出したが同年七月二日に至り右手続違背の事実を知り右訴願書の丁附を受け改めて同年七月八日前記の樣に正規の手続を経て訴願書を提出した模樣である。しかし時既に訴願期間を経過して居たので、濱松市選挙管理委員会は該訴願は期限経過でしかも宥恕すべき事由のないこと明かであるから訴願法に基き当然却下すべきものであると云う辯明書を添えて被告に送付したところ、被告は宥恕すべき事由があるとして之を受理し、事実の審理をした上、同年七月二十一日訴願人の申立相立たずとの裁決をなし同年八月二十一日之を告示した。しかしながら訴願法第八條第三項に所謂「宥恕スベキ事由アリト認ムルトキ」とは右事由の認定に付無制限に行政廳に自由裁量権を與へた趣旨ではなくて必ずや一定の限界があり客観的の事情に即し社会上の見解に照して之を判断しなければならぬのであつて、若しその認定を誤れば違法の措置たるを免れない。即ち天災事変その他訴願人の責に歸すべからざる事由に因つて訴願期間を経過した場合にのみ宥恕すべき事由ありと認定し得るのであつて無制限に之を許すべきでなく、この要件の備はつて居らぬのに期限経過後の訴願を受理するのは裁量権を超越するもので違法なりと云はなければならぬ。今之を本件について見るに、訴願法は明治二十三年十月十日公布せられ爾來今日に至る迄永く施行せられて居るのに、荀くも弁護士を代理人として訴願の手続をした以上経由機関を経ないで提出したことは重大なる過失ありと云ふべきで、法の不知を以て過失なしと断ずることは吾人の常識に反する。尚又訴願機関には経由手続違背を訴願人に敎示する義務もないのであるから、本件期限経過後は全く訴願人の重過失に原因するものと認むるの外なく、被告は遠慮なしに本件訴願を却下すべきであつたのである。然るに被告は漫然宥恕すべき事由ありとして之を受理したため、有効に確定すべき筈であつた本件選挙は再び不確定の状態となり、濱松市十三万の市民に不安と迷惑とをかけしめることとなつた。原告は右選挙の選挙人であるが、かかる違法な裁決を默認しがたく、茲に本訴を提起して右裁決の取消並に訝外加藤忠七郞の訴願に訴願権消滅後提起したるものなるにより本件選擧は有効に確定したる旨の宣言を求めると述べ尚本件の樣に宥恕すべき事由ありや否の認定は性資上覊束せられた裁量であり自由裁量ではあり得ないからその当否は本訴に於て当然審査の対象となり得る。尚又若し被告が本件訴願を期限経過後の故を以て却下して居たならば、假に訴願人より出訴ありとするも本案に対する審理をなすことなく却下出來得るを以て、短時日の間に選擧の効力は確固不動のものとなるにかかはらず、被告が之を却下せずして本案に付裁決したため、訴願人より出訴し本案に付審理するならば、訴訟は必然遅延し選擧の効力は確定せず延いて濱松市政は安定せざる状態に立至つている。即ち原告は選擧人として選擧の効力をより早期に確固不動のものとせんがために本訴を提起したのであり、本訴は早期確定の利益があるものであると述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、原告主張事実は總て之を認める。しかしながら、本件訴願書は一旦法定の期間内に被告に提出せられたものであるから、たとへそれが経由手続を誤つたがため訴願書を取下げ更に経由の上提出しその間期限を経過したとするも、訴願書の方式を缺いた場合との権衡上宥恕すべき事由があるものとして之を受理するのが妥当であるばかりでなく、元來この宥恕すべき事由の認定は全行政廳の自由裁量に属せしめられたことであるから、裁判所でその当否を審査することが出來ず、從つて被告が宥恕すべき事由ありとして受理した以上何等之を違法とすべき理由はない。殊に原告の請求は結局濱松市長選擧を有効とするにあり、被告の裁決も亦右選擧を有効と判定したものであるから、この点よりするも原告の本訴請求は理由がないと述べた。

理由

昭和二十二年四月十五日施行せられた濱松市長決選投票に関し、選擧人加藤忠七郞は濱松市選擧管理委員会に対し異議申立をなし、同委員会はこれに対し同年五月五日選擧の結果に異動を及ぼす虞のない場合であるから該選擧は有効であるとして右異議申立相立たずとの決定をなし、即日該決定書は右異議申立人に送達せられ一般に告示せられたこと、並に右決定に対し期限経過後たる同年七月八日右加藤忠七郞より被告に対し原決定機関たる前記委員会を経由して訴願を提起したところ、被告は宥恕すべき事由ありとして之を受理し、本案に付審理した上、同年七月二十一日訴願人の申立相たずとの裁決をなし同年八月二十一日之を告示したことは当事者間に爭のない事実である。そして原告は右裁決に不服ありとして本訴を提起したのであるが、凡そ不服ありといふには、選擧又は当選の効力に関し、原裁決と判断を異にする場合を指すのであつて、そのことは原裁決の主文に依り決すべく理由により判断すべきものでないと解するを相当とする。然るに原裁決は結局本件選擧を無効と判定し訴願人の申立相立たずと裁決したものであるから、結局原告の本訴請求と趣旨を同じうして居るものと云ふべく、原告は今更本訴を提起する利益がないものと云はなければならぬ。尤も原裁決は訴願人の期限経過後の訴願を宥恕すべき事由ありとして受理し本案につき審理の上なしたもので、原告は右宥恕すべき事由の認定を違法なりとし本件訴願は期限経過後の故を以て却下せらるべきであると云ふのであるが、それは本案前の裁決をすべきに拘らず本案の裁決をしたと云ふに止まり、本件選擧を無効とし訴願人の訴願を採擇しないといふ点に於て同一であるから、その理由だけでは原裁決の取消を求めることが出來ないものと云はなければならぬ。即ち原告は本訴につき訴ふる利益を有しないものであるから、原告の本訴請求は他の点につき判断する迄もなく理由なしとして棄却すべきものである。

仍て訴訟費用の負担につき地方自治法第六十六條第六号衆議院議員選擧法第百四十一條民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例